医療と健康情報
臨床と研究:82巻1号(平成17年1月)掲載
=治験の実際= 股関節障害の治療
[整形外科]樋口 富士男
はじめに
股関節障害とは、しばしば高度の疼痛を伴い股関節の運動機能とともに歩行能力も障害されるものである。股関節障害をきたす原疾患は変形性関節症、特発性大腿骨頭壊死症、関節リウマチによる関節破壊、大腿骨頚部骨折後の合併症など様々である。
20世紀後半は先天性股関節脱臼に続発して起こる二次性変形性股関節症が主な治療対象であった。先天性股関節脱臼に続発して起こる二次性変形性股関節症は、先天性股関節脱臼の後遺症である臼蓋形成不全や様々な骨頭変形によって引き起こされる股関節障害であるが、その発症は変形の重症度に影響され、先天性股関節脱臼の後遺症として高度な変形を残したものほどより若年で変形性関節症を発症する。
1970年代に考案された、先天性股関節脱臼の予防法と治療法は、先天性股関節脱臼の発生頻度を激減させ、後遺症の程度を軽症化することに成功した。従って、現在の先天性股関節脱臼に続発して起こる二次性変形性股関節症はその頻度が減少するとともに、高齢期に発症するものが多くなった。また、特発性大腿骨頭壊死症のうち若年者に発症するステロイド性特発性大腿骨頭壊死症は広範な壊死を呈する例を除き、わが国で考案された大腿骨頭回転骨切り術で治療されることが多く、これも高齢になって股関節障害に至ることが多くなっている。
関節リウマチによる関節破壊は、最近の関節リウマチに対する薬物治療の発達で関節破壊の発生を遅らせている。一方、医学全般の発達で長寿社会が実現し、高齢者に好発する大腿骨頚部骨折が急増し、その続発合併症が股関節障害の治療対象としてその頻度を増加している。ここでは、これら高齢者の股関節障害に対する治療法として選択されることが多い人工股関節置換術の最近の進歩について述べる。
l.人工股関節置換術
1960年代、英国のCharnleyによって開発された骨頭径が22mmという小さな金属製骨頭と高分子ポリエチレン製の臼蓋カップを組み合わせた低摩擦人工股関節置換術 1) が20世紀のゴールデンスタンダードになった。しかし、このCharnley人工股関節置換術にもいくつかの欠点があることが当初から予測されていた。
その一つは、耐用年数が10年~15年程度と見込まれ 2) 、しかも再手術が困難なことである 3) 。そのため、60歳以上の患者に適応され、術後はスポーツなどを行うことは避け、一生杖を使用すべきことが推奨された。
二つめは、手術侵襲が大きいことである。最後の一つは、骨折、脱臼、感染などの術後合併症の治療が難しいことである。
20世紀末になると長期経過例が増加し、耐用年数の制限や再手術が困難である原因は、ポリエチレン磨耗粉が引き起こす骨融解であることが判明した 4) 。これを受け関節摺動面の材質の改善が試みられた。まず、摺動面の材質を金属・金属の組み合わせにした人工股関節置換術の再開発である。
次に新しい素材であるセラミックを関節摺動面に用いる試みである。摩擦学的な研究では、摺動面の材質の組み合わせを金属・金属やセラミック・セラミックにすると従来の材質の組み合わせである金属・高分子ポリエチレンに比べ、磨耗量は40-60分の1と驚異的に少ないことが判明した。磨耗量の低さからは両者とも申し分ない材質ではあるが、セラミックの場合は破損の問題があり 5) その臨床応用は21世紀に入り下火となった。
一方、ポリエチレンの改善も行われ、わが国で開発されたクロスリンクポリエチレンの臨床応用が2000年より開始され、これを受け2002年米国整形外科学会で人工股関節置換術の適応年齢を引き下げることが提唱された。更に、わが国でも関節リウマチの患者においては20歳代でもこの手術が適応となるガイドラインが最近発表された。これらの摺動面に用いられる材質の改善は、21世紀の人工股関節の長期使用を可能とし、患者に一生杖をつく必要はなく、スポーツも楽しめるというQOLの改善をもたらす可能性がでてきた。
1.人工股関節置換術に置ける低侵襲化
股関節は解剖学的に深部に位置し、その表層には運動機能上重要な筋肉、大血管や神経が多く存在する。しかも人工股関節置換術は、関節の切徐と人工関節の設置が必須の処置であり、正確な手術手技が要求されるため、大きな皮膚切開による広い展開による手術が伝統的な手技であった。また、骨髄からの出血に対する処置が困難でしかも駆血帯が使用できないために出血量が多く、骨セメント使用時に循環動態に影響を与えることがあったり、感染に弱いため厳重な手技と充分な設備が必要であったりするため、人工股関節置換術は大きな侵襲が避けられない手術であった。そのため、患者は全身的には手術侵襲からの回復に数週間を要し、術後には脱臼や骨折、感染などの合併症を予防するために術後の安静期間が長くとることが一般的であり、その結果入院期間も長くなる。さらには、臥床安静が長期になると深部静脈血栓症や致死的な肺塞栓症の危険性が高くなり、予防的処置が必要となっている。
また、最近は患者の人権重視により宗教上の信条で、手術は希望するが輸血を拒否するなど、患者からはQOLを重視した希望が増えている。これらの問題に対し、7-10cmの皮膚切開で行う小切開人工股関節置換術を開発した(図2)。その結果、手術時間は短く、出血量は短くなり外科的侵襲低くなった。しかも小切開であるがための術後合併症が増えることはなかった 6) 。最近は世界中でさまざまな小切開手術が試みられ多数の手技が開発されている 7) 。
小切開による人工股関節置換術は低侵襲であるため、術後の安静期間が短く両側罹患例では両側同時手術が可能となった。その結果、患者の入院も術前・後の薬物使用も半分で済み、患者の身体的、経済的負担が少なくなった。
また、宗教上の信条で輸血を拒否する患者の多くは貯血式自己血輸血も拒否するが、自己血輸血の技術のうち循環したままの希釈式自己血輸血と回収式自己血輸血を受け入れるのでこれらを用いると 8)9) 全身的に健康な患者においては、輸血拒否患者にも人工股関節置換術が可能となった。
小切開低侵襲手術にこのシステムを組み合わせると手術がより安全になると考えられる(図1)。
2.骨温存型人工股関節置換術
人工股関節は股関節の臼蓋と大腿骨頭を全部切除し、代わりに人工股関節を設置する。これに対し関節表面だけ切除する大口径の人工股関節置換術が、20世紀に臨床応用されたが早期に失敗した。失敗の原因は、臼蓋コンポーネントに用いられたポリエチレンソケットの大量磨耗だと考えられている。
ポリエチレンソケットの大量磨耗の問題は、20世紀末に確認された低摩耗である金属・金属の摺動面をこの表面置換型人工股関節に用いると回避できる可能性があり 20) 、21世紀に入りその良好な初期成績は米国より報告された 21) 。もし、この手技による成績が良好であることが確認できれば、解剖学的に本来の骨頭と同程度の大きさの骨頭による人工股関節が再建され、股関節はさらに安定しスポーツができる人工股関節の実現が期待できる。
さらにこの手術に小切開技術を用いれば、低侵襲で骨温存手術が可能となり、より理想的な人工股関節になると期待される(図2)。
ll.人工股関節術後合併症に対する治療
人工股関節置換術の術後早期の合併症としては、骨折、脱臼、感染がある。遅発性の合併症としては、人工関節の弛緩およびポリエチレン磨耗粉による骨融解と遅発性感染がある。いずれの合併症も治療が難しく、観血的治療を行う場合その侵襲は大きい。
1.ステム周辺骨折の治療
人工股関節置換術後の骨折は、外傷を契機として起こるもの、ポリエチレン磨耗粉によって引き起こさせられた骨融解により、骨が脆弱化しコンポーネントが弛緩して起こるものがあるが、いずれも大腿骨に挿入されたステムの周囲に発生する。
一般に大腿骨骨折の治療は、髄内釘や内副子を用いて骨折部を観血的に強固に固定すると、治療期間が短く患者への侵襲が小さい。しかし、人工股関節周囲に起こった骨折では、髄内には大腿骨コンポーネントがあり髄内釘が使用できない。
また、内副子もステムがあるため内副子を骨に固定に用いる螺子の刺入が困難であり、ギプスによる保存的治療が選ばれることが多かった。しかし大腿骨骨折に対するギプスは骨盤から足先まで固定する必要があり、しかも数ヶ月の固定期間が必要であり患者の苦痛は大きく長い。
この困難な治療に骨の外から固定できる内副子をこの骨折の治療に応用し、この骨折に対する観血的治療の道が開けてきた 12) 。
3.遅発性感染の治療
人工股関節術後の合併症の中で最も治療が難しいのがこの感染である。血行性に感染が伝播することが多い。高齢者は抵抗力が弱く、しかも糖尿病など感染抵抗力が低下するような他の疾患を合併していることが多い。
特発性大腿骨頭壊死症を起こす患者や関節リウマチ患者はステロイドや免疫抑制剤の治療を受けていることが多く、担癌患者に人工股関節置換術手術が必要となることもある。いずれも感染に対する抵抗力が弱く遅発性感染を合併しやすい。
最近は、医学全般の進歩でますますこの合併症が増加する可能性が高い。人工股関節に感染を起こした場合、人工関節は異物でるためバイオフィルムの形成などで、薬物治療のみで治癒することは少ない。放置すると感染は周囲の骨に広がり骨を融解し、骨と人工股関節の固定がなくなり関節機能も喪失してしまう。
治療は、発症から治療開始までの期間、菌の毒性の強さ、患者の体力、抗生物質の有効性と局所の骨とコンポーネントの状態を勘案して決める。発症後早期で人工股関節の弛緩がない場合は、切開排膿と病巣掻爬に有効な抗生物質で感染が沈静化することもある。
発症後数ヶ月が経過し人工股関節が弛緩している場合には、病巣掻爬とともに人工股関節を抜去し、感染が沈静化して患者の体力が回復して、再び人工股関節を設置することが多い。しかし抜去した間は股関節機能が不良で脚短縮が起こり患者の日常生活の高度の制限が避けられない。
最近は人工股関節置換術を抜去する際に有効な抗生物質を含有させた骨頭を骨セメントで作り股関節に挿入する試みを行い良好な結果を得ている(図3)。
この治療では、局所に骨セメントから溶出した抗生物質が高濃度存在することにより細菌を死滅させ感染を沈静化させるだけでなく、脚短縮や拘縮の発生がなく次の人工股関節の設置が容易となり、治療期間中の患者の生活が楽になる 14) 。しかし、抗生物質の溶出がなくなれば骨セメントも単なる異物なので、かえって感染の温床となるので摘出が必要となる。細菌の毒性が強かったり、患者の体力が落ちたりしている場合には、人工股関節の摘出と病巣掻爬術が適応となるが(図4)、術後脚短縮をきたすため、患者は二本松葉杖の生活を余儀なくされる。
この処置でも感染が沈静化しなかったり、骨が広範囲に破壊されたりした場合には股離断が最後の外科的手段である。
lll.人工股関節再置換術
人工股関節を長期にわたり使用し、コンポーネントの入れ替えが必要となった場合に再置換術が適応となるが、多くの場合広範な骨欠損を伴うため、大量の骨移植が必要となる。自家骨のみでは不足するため銀行保存同種骨移植が必要である。最近では、骨銀行が普及したことと人工骨の応用が可能となったので、以前と比べると侵襲の少なくなった。
また、再置換術専用のコンポーネントも開発され、術後成績も安定してきた。しかし、骨内に存在する骨セメントを除去したり、骨移植を行わなければならないので、その展開は大きく手術時間も長く、手術の外科的侵襲は大きい。今後の発展が必要な分野である。
おわりに
人工股関節置換術の21世紀の挑戦は、摺動面の材質の改善、低侵襲手術、骨温存手術で始まった 15) 。しかし、21世紀は始まったばかりである。21世紀末には他の治療法の開発で人工股関節自身がなくなる可能性もあるが、これらの21世紀初期における挑戦の成果が21世紀の患者により快適な治療成果をもたらすことを期待している。
参考文献
1)Charnley J: The long-term results of low-friction arthroplasty of the hip performed as a primary intervention. J Bone Joint Surg, 54-B: 61-76, 1972
2)樋口富士男、山下 寿、永田見生、山中健輔、井上明生:当科における人工股関節Revision例の検討.九州リウマチ、12:22-24、1992.
3)Koyama, Higuchi F, Kubo M, Okawa T, Inoue A: Reattachment of the greater trochanter using the Dall-Miles cable grip system in revision hip arthroplasty.J Orthop Sci, 6: 22-27, 2001
4)Higuchi F, Inoue A,Semlitsch M: Metal on metal Co Cr Mo McKee-Farrar total hip arthroplasty:Characteristics from a long-term follow-up study. Arch Orthop Trauma Surg, 116:121-124, 1997
5)Higuchi F, Shiba N, Inoue A, Wakebe I: Fracture of an alumina ceramic head in total hip arthroplasty.J Arthroplasty, 10:851-854, 1995
6)Higuchi F, Gotoh M, Yamaguchi N, Suzuki R, Kunou Y, Ooishi K, Nagata K: Minimally invasive uncemented total hip arthroplasty through an anterolateral approach with a shorter skin incision. J Orthop Sci, 8: 812-817, 2003
7)Berger R: Total hip arthroplasty using the minimally invasive two-incision approach. Clin Orthop, 417:232-241, 2003
8)樋口富士男、佐藤公昭、村上秀孝、永田見生、山中健輔、井上明生、森田辰夫:「エホバの証人」に対する整形外科手術.臨床整形外科、28:1389-1395、1993
9)中村英智,樋口富士男,大川孝浩、井上明生、濱田伸哉、加納龍彦、山本聖子、前田義章:宗教的理由で輸血を拒否する患者に対する人工股関節手術.自己血輸血、12:251-254,1999
10)Watanabe Y, Shiba N, Matsuo S, Higuchi F, Tagawa Y, Inoue A: Biomechanical study of the resurfacing hip arthroplasty. Finite element analysis of the femoral component. J Arthroplasty, 15: 505-511, 2000
11)Amstuts HC, Beaule PE, Dorey FJ, LeDuff MJ, Campbell PA, Gruen TA: Metal-on-metal hybrid surface arthroplasty: Two to six-year follow-up study. J Bone Joint Surg, 86-A: 28-39, 2004
12)樋口富士男、平沼成一、大川孝浩、宮城 理、王 進軍、井上明生:人工物置換術後の大腿骨骨折に対する骨接合術.Hip Joint、21:398-401、1995
13)樋口富士男、大川孝浩、橋詰隆弘、王 進軍、志波直人、井上明生:人工股関節術後脱臼に対する大転子下降術.日本人工関節学会誌、26:179-180、1996
14)樋口富士男:成人の急性化膿性関節炎の緊急手術と緊急再手術.MEDICAL VIEW社、東京、高岡邦夫編集、新OS NOW、14:159-165、 2002
15)樋口富士男:人工股関節置換術:21世紀の挑戦.久留米医学会雑誌、67:161-165、2004