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医療と健康情報

肩こりを訴える疾患と原因

[整形外科 教授]樋口 富士男

肩こりとは

日本整形外科学会のホームページの「よくある病気・病気の知識を深めましょう」という欄で、13ある整形外科のよくある病気の一つに「肩こり」が含まれている1)。その説明の中で「肩こり」の症状は、「首すじ、首のつけ根から、肩または背中にかけて張った、凝った、痛いなどの感じがし、頭痛や吐き気と伴うことがあります。肩こりに関係する筋肉はいろいろありますが、首の後ろから肩、背中にかけて張っている僧帽筋という幅広い筋肉がその中心になります。そして肩こりに関与する筋肉として、僧帽筋、頭半棘筋、頭・頚板状筋、肩甲挙筋、棘上筋、小菱形筋、大菱形筋が挙げられています。」とされ、その原因として、「首や背中が緊張するような姿勢での作業、姿勢の良くない人(猫背・前かがみ)、運動不足、精神的なストレス、なで肩、連続して長時間同じ姿勢をとること、ショルダーバック、冷やしすぎなどが原因になります。(図1)」と説明されている。また、肩こりの診断は、「問診や神経学的診察、特に触診で僧帽筋の圧痛と筋緊張、肩関節可動域や頚椎疾患のチェックなどで診断します。レントゲン撮影のほか、必要によりMRI,筋電図、血圧測定などの検査も行います。それらの検査で、頚椎・頚髄疾患、胸郭出口症候群(なで肩、頚肋)、肩関節疾患などの一つの症状として生じることもあるのでくわしい検査が必要です」と紹介されている。

名称と定義

日本整形外科学会のホームページの説明は、一般大衆向けの文章である。医学専門書である医学大辞典2)をみると「肩こりStiff neck and shoulder:原因を問わず、僧帽筋を中心とした肩甲帯筋群のうっ血・浮腫により生じた同部のこり、はり、こわばり、重圧感、痛みなどの総称。高血圧、更年期障害、頚椎疾患、胸郭出口症候群、動揺肩、なで肩などが原因として考えられている」とある2)。ステッドマン医学大辞典改定第5版2002では、「Stiff neck項部硬直(首の運動制限を意味する不適切な語。しばしば筋痙攣により、痛みを伴う)」と載っているが、これは寝違えのような症状を表していると思われるが、いわゆる「肩こり」は、その見出しがない。

頻度
肩こりの頻度

厚生労働省の「平成16年国民生活基礎調査の概況」によると3)、自覚症状を持っている者(有訴者)は人口千人あたり317.1人(この割合を「有訴者率」という)となり、性別に有訴者率(人口千人対)をみると、男281.4、女350.5と女が高くなっている。年齢階級別に見ると、「5~24歳」の201.2が最も低く、年齢が高くなるに従って上昇し、「75~84歳」以上では537.1となっている。有訴者の症状を見ると、男では「腰痛」が82.0と最も多く、「肩こり」が58.1、「せきやたんが出る」が55.0と続き、女では「肩こり」が123.0と最も高く、「腰痛」107.9、「手足の関節が痛む」の72.7が続いている。肩こりは、男女とも上位2症状の中に含まれている。性・年齢階級別に有訴者率上位5症状をみると、男性では25歳から74歳までの階級に、女性では15歳から84歳までのより広い階級に見られ、15歳から64歳まで広い年齢層において第1位であった。しかしながら、性・年齢階級別に見た通院者率の上位5傷病での「肩こり症」は、男性では35~44歳の階級に第4位に見られるのみで、女性では15歳から84歳までのすべての階級に見られるが、いずれの年齢階級層でも第1位は占めてない。  肩こりは、症状としては頻度が高いが、医療機関に受診する頻度はそれほど高くないといえる。

解剖

日本整形外科学会のホームページには、肩こりに関与する筋肉として、僧帽筋、頭半棘筋、頭・頚板状筋、肩甲挙筋、棘上筋、小菱形筋、大菱形筋が挙げられている。それぞれの筋肉を解剖書で参照すると4)、これらの筋肉は存在する部位から頚椎と頭蓋骨を連結する筋肉群、上肢と脊椎を連結する群、そして肩甲骨と上腕骨を連結する筋肉の三つの筋群に分けられる。

A. 頚椎と頭蓋骨を連結する筋肉群のうち深背筋の中の頭半棘筋、頭・頚板状筋が肩こりに関係するが、この二つは肩甲骨を含む上肢とは連結していない。

頭半棘筋はもっとも深部にあり、頚背部にあるもっとも大きな筋塊である。その筋線維は、第7頚椎と上位6または7個の胸椎の、第4~第6頚椎の関節突起から起こり、後頭骨の下面に停止する。その機能は、頭の強力な伸筋である。

頚板状筋は、深層の頭半棘筋と表層の僧帽筋の間に存在する。板状筋は項靱帯と第7頚椎から第6胸椎までの棘突起から起こり、頭板状筋は乳様突起と頭蓋の上項線の外側1/3に停止し、頚板状筋は初めの2、3個の頚椎の後結節に停止する。板状筋は、頭と頚を後方に引っ張り、働いている筋の側へ顔を向ける。両方の筋が同時に収縮すると、頭と頚を伸展し、後方にそらす。板状筋は、第2~5あるいは6頚神経後枝の外側枝から支配を受けている。

B. 肩甲骨を含む上肢と脊椎を連結する筋群

僧帽筋:背と頚背部の最表層に存在する。後頭骨上項線の内側1/3、外後頭隆起、項靱帯、第7頚椎と全胸椎の棘突起、および介在する棘上靱帯から起始し、後頭部および上頚部の筋束は鎖骨外側1/3の後縁に停止し、下頚部および上胸部の筋束は肩峰内側縁と肩甲棘の骨稜上縁に達し、下胸部筋束は肩甲棘の骨稜上縁に停止する。僧帽筋は上肢帯の支持にあずかる。僧帽筋上胸部は肩を後ろに引き、腕の牽引と伸展運動にあずかる。下部と中部は共同して肩の牽引と肩をいからせるのに働き、中部は腕の外転にあずかる。僧帽筋、肩甲挙筋、前鋸筋は共同して肩甲骨を胸壁上に回旋させ、肩を上方へ差し向ける。僧帽筋に達する神経は副神経(XI)と第3および第4頚神経前枝からの直接枝である。

肩甲挙筋:初めの3~4個の頚椎の横突起から起始し、肩甲骨内側縁の上角から肩甲棘にかけて停止する。肩甲骨の挙上、支持、回旋に働き、第3,4,5頚神経前枝より支配されている。

小菱形筋:項靱帯下部、第7頚椎および第1胸椎の棘突起および棘上靱帯から起こり、肩甲棘の根部で肩甲骨内側縁に停止する。肩甲骨を上方および内側方へ牽引し、前鋸筋とともに肩甲骨を胸壁へ保持する。第5頚神経由来の肩甲背神経に支配されている。

大菱形筋:第2~第5胸椎の棘突起と棘上靱帯から起始し、肩甲棘下方の肩甲骨内側縁に停止する。機能は小菱形筋と同じで、第5頚神経由来の肩甲背神経に支配されている。

C. 肩甲骨と上腕骨を連結する筋肉

棘上筋:棘上窩の骨壁内側2/3から起始し、上腕骨大結節に付着する。肩の0度から90度までの外転に働く。肩甲上神経(第5,6頚神経)の支配を受ける。  

これらの筋肉は、頚椎神経の支配を受けているが、機能は異なることがわかる。また、これらの筋の存在する、頚椎周辺には多くの自律神経節があり、ここまで病変が及ぶと症状が多彩なものになる

肩こりを訴える疾患

肩こりを訴える疾患は臨床的に、原疾患が明らかでないもの、整形外科疾患に伴うもの、そしてその他の専門科の疾患に伴うものの三つに大別される。

A.原疾患が明らかでない「肩こり」

1)ストレス:精神的なものやクーラーによる冷えすぎなど
2)不良姿勢:猫背、長時間のコンピューター作業など
3)運動不足:なで肩など

B.整形外科的疾患に伴う「肩こり」

1)変形性頚椎症:頚椎の退行変性で起こった変形による頚部痛や肩こりに対して下される診断名である。
2)頚椎椎間板ヘルニア:頚椎椎間板が後方に突出し頚椎や頚髄を圧迫して起こった症状に対して用いられる診断名である。
3)頚椎捻挫:別名は外傷性頚部症候群である。多くは追突による交通事故で被追突者が訴える多彩な症状で、レントゲンやMRI検査で異常が認められない場合に下される診断名である。
4)頚椎後縦靱帯骨化症:頚椎椎体後方に存在する後縦靱帯が骨化・肥大し、頚髄を圧迫して症状を起こす疾患である。
5)胸郭出口症候群:胸郭と上肢肩甲帯の間に存在する神経・血管叢が圧迫されて上肢の神経・血管症状を呈する症候群である。
6)頚肩腕症候群:首から肩、腕にいたみや、しびれ、こり、脱力を訴え原因不明のものの総称である。
7)肩関節周囲炎(五十肩):特に誘因がなく中年以降に生じる有痛性の肩関節制動症である。
8)リウマチ性多発筋痛症:多くは高齢者に両側性の頚部、肩、上腕、腰部、大腿部の痛みとこわばりで発症する。全身倦怠感や発熱のほか赤沈値亢進とCRP陽性を認めるが、リウマトイド因子は陰性である。ステロイドの内服が著効し、生命予後は良好である。
9)繊維筋痛症:原因が不明で多発性の筋・骨格痛、疲労感、睡眠障害を特徴とし、特に肩、腕、背部の痛みとこわばりが多い。CRPは陰性である。

C.その他の専門科の疾患の伴う「肩こり」

1)高血圧症
2)狭心症
3)貧血
4)更年期障害
5)うつ病
6)眼精疲労:目の調節障害あるいは視力調節障害
7)風邪
8)歯周病、咬合不全

原因疾患が明らかでない「肩こり」では、肩こり以外の症状がないのに対し、整形外科疾患やその他の専門科の疾患に伴う肩こりでは、肩こり以外の症状が合併していたり、諸検査で異常が見られたりすることが多い。

整形外科疾患に伴う「肩こり」の代表例

[70歳・男性]
10年前より右肩がこっていたが、最近ひどくなったので来院した。理学所見では頚椎の運動性は良好で、神経学的にはSpurling testも含め正常であった。圧痛を右僧帽筋に認めた。

図2 頚椎の単純X線検査で第5および6頚椎椎体の変形と第5-6頚椎と第6-7頚椎の椎間腔の狭小化を認めたので頚椎病変を疑って機能撮影を追加した。

図3 機能撮影で、第5-6頚椎と第6-7頚椎の椎間板に病的な不安定性は認めなかった。

図4 MRI検査
矢状断像;左はT1強調画像、右はT2強調画像である。第3-4,4-5,5-6,6-7頚椎椎間板の変性と脊椎管への膨隆を認め、第4-5,5-6頚椎椎間レベルでは硬膜嚢の圧迫と頚髄の圧排を認めた。

図4 MRI検査 横断像 T1強調画像:左上は第3-4頚椎椎間板、右上は第4-5頚椎椎間板、左下は第5-6頚椎椎間板、右下は第6-7頚椎椎間板レベルである。第3-4頚椎椎間板レベルでは中心から右側に椎間板が膨隆し、第4-5頚椎椎間板レベルでは中心性に椎間板が膨隆し、第5-6頚椎椎間板レベルではわずかな椎間板の膨隆と骨棘の形成を左側に認め、第6-7頚椎椎間板レベルでは中心性の椎間板の膨隆を認め、左側では頚髄も少し圧迫していた。

諸検査の結果、患者の右肩こりは、第3-4頚椎椎間板ヘルニアによる症状と判断し(図2,3,4)、頚椎牽引を処方した。連日2週間の頚椎牽引で肩こりは落ち着いた。

考察

肩こりは病気か?欧米の医学辞書にこの項目は見当たらない。不定な自覚症状が主で他覚所見に乏しい「肩こり」は、診断を重んじる西洋医学では病気としてとして取り扱われることは少ない。一方、治療を重んじる東洋医学の方が、肩こりに対する研究は古くから行われているようである6)。
解剖書と比べてみると、肩こりの自覚症状である凝った感じや筋緊張は、頚椎下部から肩甲棘上部までの広い範囲であり僧帽筋の位置と合致する。筋を強く圧したときの圧痛点は首の付け根の後側方部と首と肩の中間部と肩甲棘のやや近位部と肩甲骨の内側縁である。首の付け根の後側方部は、僧帽筋とその深部の頭半棘筋、頭・頚板状筋であり、首と肩の中間部は僧帽筋とその深部の肩甲挙筋である。肩甲棘のやや近位部は僧帽筋と棘上筋であり、肩甲骨の内側縁は僧帽筋と大・小菱形筋である。これらの筋は頚椎から肩甲骨を含む上肢をぶら下げている筋肉であり、頭部を支えている筋肉である。すなわち肩こりは上肢と頭部の重さが原因で起こると考えられる。このことは、腰痛と同様に人間が四足動物から二足動物に進化したために、肩周囲筋への負担が増加して肩こりが起こると考えられ、人間固有の宿命的な症状といえる。
肩こりの研究は、始まったばかりである。青壮年と高齢者の比較で症状や治療に対する反応に差があること7)、鍼・灸治療院で治療を受ける肩こりと病院で治療を受ける肩こりの比較では、肩こり以外に合併する症状に差があること8)など、興味深い点が指摘され始めた。これからの研究が期待される疾患である。

まとめ

1)「肩こり」は、日本国民の有訴率のなかで男性では2番目、女性では1番目と非常に頻度の高い訴えである。
2)肩こりが発生する首から肩は、頭を支え、上肢を支え、可動性が大きい。解剖学的に支持機構が弱く、軟部組織に大きな力学的負荷がかかっているので、容易に疲労や過労症状がでる。
3)解剖学的には、肩こりの主病変は表層の僧帽筋である。深層では後頭骨と頚椎を連結する深背筋の中の頭半棘筋と頭・頚板状筋が、上肢を脊柱に連結する肩甲挙筋、小菱形筋、大菱形筋、そして肩甲骨と上腕骨を連結する棘上筋が関与し、神経支配の多くは頚椎由来である。
4)頚椎疾患、肩関節疾患など多くの整形外科疾患の一症状として肩こりがあるが、レントゲンやMRI検査で原疾患が診断できれば、原疾患の治療が有効である。
5)循環器疾患や更年期障害などの整形外科以外の専門科の疾患の一症状としての肩こりがあるので、肩こりを訴える患者を診察する場合、これらの疾患を念頭に置かなければならない。

参考文献

1)日本整形外科学会:よくある病気 4.肩こり、http://www.joa.or.jp/jp/index.asp、2006
2)伊藤正男、井村裕夫、高久史麿編集:医学大辞典、医学書院、東京、2003
3)厚生労働省:世帯員の健康状況 自覚症状の状況、平成16年国民生活基礎調査の概況、http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa04/3-1.html、2006
4)杉岡洋一監修:学生版 ネッター医学図譜 筋骨格系I、丸善株式会社:2-23、2005
5)山鹿真紀夫:肩こり・胸郭出口症候群、整形外科56:929~935、2005
6)石川家明監修:40代からの首こり肩こり解消法.旬報社、東京、2003
7)矢吹省司、菊池臣一:肩こりの病態―青壮年と高齢者の比較.臨整外38:31~35、2003
8)矢吹省司、菊池臣一:肩こりの病態―鍼・灸治療院で治療を受ける肩こりと病院で治療を受ける肩こりの比較.臨整外40:9~12、2005

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